機能性ディスペプチア
青葉おおしお総合クリニック、院長の大塩 博です。 地域の中核病院で長年、消化器疾患の責任者として診療にあたり、大学でも教鞭をとってまいりました。その経験の中で、「胃カメラを飲んでも異常がないのに、胃が痛くて仕事にならない」「食事が楽しめない」と苦しむ若年者やビジネスパーソン、主婦の方を数多く診てきました。
それは「気のせい」ではありません。機能性ディスペプチア(FD)という立派な病気です。 適切な治療を行えば、そのつらい症状は改善し、以前のように美味しく食事をとり、バリバリと仕事をこなす日常を取り戻すことができます。
今回は、最新のガイドラインに基づき、機能性ディスペプチアについて分かりやすく解説します。
「胃カメラ異常なし」でも続く胃の不調…機能性ディスペプチアQ&A
Q1 機能性ディスペプチアの原因は何ですか?
Answer: 胃の動きの低下と知覚過敏が犯人です。
「胃カメラで異常がないのに、なぜ痛いのか?」 多くの患者さんが抱く疑問です。実は、目に見える「傷(潰瘍やがん)」ではなく、胃の「働き(機能)」と「感じ方(知覚)」に異常が起きているのがこの病気の本態です。
主な原因は以下の3つが複雑に絡み合っています。
- 胃の運動機能障害(動きが悪い) 通常、食事をすると胃はリラックスして風船のように広がり(適応性弛緩)、食べ物を溜め込みます。その後、十二指腸へ食べ物を送り出します。機能性ディスペプチアの患者さんは、この「広がり」が悪いためすぐに満腹になったり、「送り出す力」が弱いために食べ物が胃に長く残り、胃もたれを起こしたりします。
- 内臓知覚過敏(感じ方が敏感) 胃の神経が過敏になっている状態です。健康な人なら何ともない程度の胃の拡張や、少量の胃酸の刺激に対しても、脳が「痛い」「苦しい」と過剰に反応してしまいます。
- 心理的ストレス・生活習慣 脳と腸(胃)は自律神経で密接につながっています(脳腸相関)。仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、不規則な生活は自律神経のバランスを崩し、胃の機能を低下させます。
その他、ピロリ菌の感染や、感染性胃腸炎にかかった後の後遺症として発症することもあります。
Q2 機能性ディスペプチアの症状はありますか?
Answer: 食後の持続する胃もたれは危険信号(17文字)
機能性ディスペプチアの症状は多岐にわたりますが、診断基準(Rome IV基準)では大きく2つのタイプに分けられます。ご自身の症状がどちらに当てはまるか確認してみてください。
- 食後愁訴症候群(PDS):食後の「もたれ」がメイン
- 食後のもたれ感: 食事をすると、いつまでも胃の中に食べ物が残っているような重苦しい感じがする。
- 早期飽満感: 食事を始めるとすぐにお腹がいっぱいになり、普通の量を食べきれない。
- 心窩部痛症候群(EPS):みぞおちの「痛み」がメイン
- 心窩部痛(しんかぶつう): みぞおち(おへその上)がキリキリと痛む。
- 心窩部灼熱感: みぞおちが焼けるように熱くなる。
これらの症状が「つらい」と感じ、週に数回以上あり、半年以上前から始まり直近3ヶ月間続いている場合、機能性ディスペプチアが疑われます。 中高年のビジネスパーソンにとって、大事な接待で食事ができない、会議中に胃が痛むといった症状は、仕事のパフォーマンスを著しく低下させます。たかが胃痛とあなどってはいけません。
Q3 機能性ディスペプチアの診断はどのように行いますか?
Answer: 胃カメラで「異常なし」が診断の鍵
ここが非常に重要なポイントです。 機能性ディスペプチアと診断するためには、「症状の原因となる他の病気(器質的疾患)がないこと」を確認しなければなりません。
具体的には、胃がん、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などが隠れていないかを調べる必要があります。 そのために、当院では以下の検査を行います。
- 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ): 必須の検査です。粘膜にがんや潰瘍、炎症がないかを目で見て確認します。当院では苦痛の少ない経鼻内視鏡や鎮静剤を用いた検査を行っています。
- 血液検査: 炎症反応、貧血の有無、肝臓や膵臓の数値をチェックし、他の臓器の病気を除外します。
- ピロリ菌検査: ピロリ菌がいる場合は、除菌治療を行うことで症状が改善する場合があります(関連性ディスペプチア)。
- 腹部超音波検査(エコー): 胆石や膵臓の病気でも似たような胃の痛みが出ることがあるため、これらを除外します。
「検査で何も見つからなかった」と言われると、「原因不明で見放された」と不安になる患者さんがいらっしゃいます。しかし、医学的には「悪い病気(がん等)ではないことが証明された」という非常にポジティブな第一歩なのです。そこからが、FDとしての治療のスタートです。
Q4 機能性ディスペプチアの治療はどのようなものがありますか?
Answer: 消化管運動改善薬で劇的に変わります
治療の目標は、症状をゼロにすることだけでなく、患者さんが「日常生活に支障がない」と感じられるレベルまで改善することです。 ガイドラインに基づき、患者さんの症状タイプに合わせてお薬を選択します。
- 酸分泌抑制薬(PPI、P-CABなど): 胃酸の分泌を抑えるお薬です。特に「みぞおちが痛い」「焼けるような感じがする」というタイプ(EPS)の方によく効きます。
- 消化管運動機能改善薬(アコチアミドなど): 世界で初めて機能性ディスペプチアの適応を取得したお薬です。胃の広がりを良くし、食べ物を送り出す力を強めます。「すぐにお腹がいっぱいになる」「胃もたれがする」タイプ(PDS)の方に第一選択として使用します。
- 漢方薬(六君子湯、半夏瀉心湯など): 西洋薬だけでは取り切れない不調に効果を発揮します。特に「六君子湯(りっくんしとう)」は、胃の動きを改善し、食欲不振や胃もたれに高いエビデンス(科学的根拠)があります。
- 抗不安薬・抗うつ薬(低用量): ストレスが強く関与している場合や、脳の過敏性が強い場合に使用します。うつ病の治療量よりもはるかに少ない量で、胃の知覚過敏を和らげる効果があります。
まずは一つのお薬から始め、効果を見ながら調整していきます。
Q5 自分でできる対処法や生活習慣の改善はありますか?
Answer: よく噛んで食べることが最大の特効薬
お薬と同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが生活習慣の改善です。 今日からできるポイントをまとめました。
- 食事療法:
- よく噛む: 胃の役割は食べ物を細かくすることです。よく噛むことで胃の負担を劇的に減らせます。
- 脂肪分を控える: 油っこい食事(揚げ物、霜降り肉など)は、胃の動きを停滞させるホルモンを出し、胃もたれを悪化させます。
- 刺激物を避ける: 激辛料理、過度のアルコール、カフェインは胃の知覚過敏を刺激します。
- 腹八分目: 満腹まで食べず、少し物足りないくらいで止めるのがコツです。
- 生活リズムとストレスケア:
- 十分な睡眠: 睡眠不足は自律神経を乱し、胃の症状を悪化させます。
- 禁煙: タバコは胃の血流を悪くし、運動機能を低下させます。
- リラックス: ぬるめのお風呂にゆっくり浸かるなど、副交感神経を優位にする時間を作りましょう。
特に40〜50代の中間管理職の方は、接待や不規則な食事が多いかと思いますが、「脂っこいものは残す」「お酒は控えめにする」など、できる範囲での工夫が治療への近道です。
Q6 機能性ディスペプチアの予後は?よくなってから再発しますか?
Answer: 命には関わりませんが再発はあります
機能性ディスペプチアは、がんのように命に関わる病気ではありません。その点はご安心ください。 しかし、良くなったり悪くなったりを繰り返す「慢性疾患」としての側面があります。
治療によって症状が消失しても、季節の変わり目、仕事の繁忙期、精神的なストレスがかかった時期などに、再び症状が出ることがあります。 ですが、再発したからといって悲観する必要はありません。 「あ、少し疲れが溜まっているサインだな」と捉え、早めに受診してお薬を調整したり、生活習慣を見直したりすることで、早期にコントロールすることが可能です。
大切なのは、病気と上手につきあいながら、生活の質(QOL)を維持することです。 当院では、患者さんのライフスタイルに寄り添い、長く健康を守るパートナーとしてサポートいたします。 「胃の調子が悪いな」と思ったら、我慢せずに当院へお気軽にご相談ください。
本記事は、以下のガイドラインのエビデンスに基づき作成されています。
参照:機能性消化管疾患診療ガイドライン2021(日本消化器病学会)
文責:青葉おおしお総合クリニック 院長 大塩 博
